MENU

2020.7.18

三浦春馬が、自殺したらしい。

今年度からオンライン開催になったこども創作教室の学生スタッフとして、自宅でパソコンの画面をじっと眺めるだけの土曜日の午後、眠気に耐えかねてTwitterを開いた。タイムラインには「三浦春馬」がズラズラと流れてきた。一気に目が冴えてしまった。悲しいような気がした。でも私は特別彼のファンということでもないので、最初は「悲しい」という感情に違和感があった。まさか自殺するなんて思ってもみなかった人が、いなくなった。いなくなったらしい。その衝撃とともに、やはり悲しくなってきた。自分はこの3, 4ヶ月、そしてこれからの数ヶ月、人と画面越しにしかコミュニケーションできない世界線にいる。触れられない。それなのに、自分が知っている人が死ぬ。自ら死へ行ってしまう。画面の中で楽しそうにはしゃいでいる子どもたち大人たちを見ながら、余計に虚しくなった。涙が溢れてきた。悲しい。

人が死ぬかもしれないのに、人に会えない、触れられない。「人が死ぬかもしれないから」人と会うな、触れるな、離れろ、となっている。

生身のヒトに触れさせろ。明日死ぬかもしれないやつに会わせろ。会ってから死なせろ。